

4月20日
1786年4月20日、モーツアルトはオペラ「フィガロの結婚」を完成させます。前年の秋から作曲を始めていたこのオペラは、言う間でもなくモーツアルトの代表作であるとともに、今日まで全ての歌劇場で常に上演され続けている世紀のヒット作です。ボーマルシェの原作は1784年にパリで初演された演劇で、ご存知の通り階級制度を揶揄する内容から上演が禁じられたほどの問題作ですが、台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテの巧みな処世術でヴィーンでは許可が下りました。
この「フィガロ」の物語の前段にあたる「セヴィリアの理髪師」は、これよりちょうど30年後の1816年にロッシーニによりオペラ化されますが、この物語は3部作でして、「セヴィリア」で伯爵アルマヴィーヴァと結ばれたロジーナこと伯爵夫人はその後、「フィガロ」で可愛がっていたお小姓ケルビーノの子供を身籠るんだとか。なんだか生臭い展開ですが、正直申し上げてどんな物語なのか知っている方にお会いした事も無ければ、その原作本を見た事すらありません。誰か持っていませんかねえ?その3作目をオペラにしようと誰もしない所を見ると、イマイチな物語なのかも知れません。
「フィガロの結婚」は、5月1日モーツアルトの指揮でヴィーンのブルク劇場で初演されます。書き上げてから10日後ですよ!私もよくオペラの仕事をしますが、中身を充実したものに作り上げようとすると数ヶ月かかりますよ!一体どの程度の出来だったんでしょうね。モーツアルトのオペラは大抵書き上げてからわずかの日数で初演されています。何ヶ月練習しても間違ってしまう事ばかりなのに、止まらずに最後まで行ったとしたら奇跡ですよ!想像するに、少々のミスや、止まったり、歌を間違ったり、そんな事に無茶苦茶大らかな時代だったのでしょう。上演時間も今より2時間近く長いみたいですし(お客が気に入ったアリアは何回もアンコールされたそうですから)、幕間にはインテルメッツォ・オペラもやっていた時代ですからね、まあ、そないに出来にカリカリせんでもえやないかい、と関西風な庶民気質があったんでっしゃろな。
「フィガロ」はモーツアルトの人生の言わば頂点に位置します。その後は借金苦と病気の5年間が待ち受けています。悲しい、悲しい。
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